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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和32年(ラ)14号 決定

抗告人 山口スヘ

訴訟代理人 谷村源助

主文

原審判をつぎのとおり変更する。

鹿児島県姶良郡溝辺村竹子三〇六〇番地の一山口春加の除籍中同人の父母欄を消除することを許可する。

理由

一、抗告の理由。別紙記載のとおりである。

二、当裁判所の判断。

記録によると抗告人は戸籍法第一一三条にもとづいて本件戸籍訂正の申請をなしたものであることが明らかである。ところで、同条の訂正は、戸籍の記載自体によりその記載事項が法律上許されないことが明白であるか、又は戸籍の記載に顕著な錯誤若しくは遺漏があつて、その訂正が親族・相続法上の身分関係に重大な影響を及ぼさない場合に限り、特に許された簡易手続であるから、こと苟くも親族・相続法上の身分関係に影響を及ぼす案件では、たとえ、当事者間に異議がない場合でも同法第一一六条の確定判決によるか、もし、法律上の障碍があつて同条の確定判決を得ることができないときは、慎重な手続を経るため当該身分関係を招来する他の身分関係について、少くとも家事審判法第二三条第二項による審判を経て、戸籍法第一一三条の訂正の許可を与えるべきものと考える。

記録によると、本件においては、戸籍上亡山口次郎と抗告人の二男として記載されている山口春加は死亡しているので、同人を当事者とする親子関係不存在の訴も調停の申立もできなくて、戸籍法第一一六条の確定判決(審判を含む)を得る方法がないわけであるから、家事審判法第二三条第二項により、山口春加の実父母であると主張する仮屋新助、同ヨシと戸籍上の父母とが対立当事者となつて、亡山口春加との身分関係存否についての審判を経、この審判をもとにして戸籍法第一一三条の訂正をなすのが本筋であろう。しかし、本件においては、とも角も、戸籍上春加の母となつている抗告人山口スヘが検察官を相手方とする鹿児島地方裁判所加治木支部昭和三〇年(タ)第一号親子関係不存在確認請求事件において亡山口春加が山口スヘの子でないことを確認する旨の確定判決があるのであるから、その手続の慎重を期した点においては家事審判法第二三条第二項の審判を経たことと逕庭はないと言つてよい。

だとすると、この判決を資料とし、かつ、利害関係人に異議がないときは、この資料によつて確定された事項を一応戸籍上においても顕著な事項と措定し、これと現実の戸籍記載を対比し、その顕著な矛盾の範囲内で、家庭裁判所は戸籍法第一一三条の許可を与えるべきである。本件において、利害関係人に異議がないことは記録によつて認めることができるから、つぎに訂正を許可すべき範囲について審究する。原裁判所は前記確定判決の主文掲記の母子関係の範囲においてのみ訂正を許可し、主文に掲記してない父欄の訂正を許さないのである。しかし、右判決は主文を直接理由づける判断において、亡山口春加は亡山口次郎と抗告人山口スヘ間の子でないと認定しているばかりでなく、一方戸籍上亡春加が抗告人と亡夫山口次郎の嫡出子となつていて、右春加が抗告人の子でないことが確認される以上、妻たる抗告人を離れて亡夫次郎と亡春加との間にだけ親子関係を生ずる特別の事情のない本件においては、右確定判決主文自体からしても論理的に当然に亡春加は亡山口次郎の子でないことが帰結されるわけである。

このように、亡春加が抗告人及その亡夫山口次郎の子でないことが確定された以上、この確定事項と直接衝突する戸籍は訂正を許すべきで、抗告人からの亡春加の父母欄の消除の申請は理由があり、許可するのが相当であるのに、原裁判所が単に母欄のみの消除を許可したのは明らかに失当である。

抗告人が抗告の理由において原審判を非難する部分には、当裁判所の右の判断とその理論の過程に多少のくいちがいがないではないが、抗告人の戸籍訂正の申請を許可しなかつたことを不当とすることについては同一の結論に帰するので、結局本件抗告は理由がある。

よつて、家事審判法第八条、家事審判規則第一九条第二項によつて原審判を取り消し、当裁判所において審判に代わる裁判をすることとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 桑原国朝 裁判官 淵上寿 裁判官 後藤寛治)

(別紙)

抗告の趣旨

原審判は山口春加の険籍中同人の母スヘのみを消除することとあるを右同人の父次郎も消除すべき旨の審判を求めます。

抗告の理由

右審判申立書添付の判決正本によれば抗告人と右春加との間に親子関係存在しないという主文がありましてその事由中に右春加は仮屋新助夫婦の子であつて次郎と抗告人との間に生れた子ではないと言う事実が摘示してあります。

右摘示事実は主文を維持する唯一重要の事実であります。

斯くの如き重要な事実は主文と同様既判力を有するものと信じますから抗告の趣旨通りの裁判を求むる為抗告に及んだ次第であります。

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